すでにご存知の方も多いでしょうが、名古屋の地で30年にわたり「醸し人九平次」という銘柄で革新的な酒造りを行ってきた、萬乗醸造の久野九平次さん。
自社での酒米の栽培から始まり、フランスでの米造り、直近ではフランスの銘醸地ブルゴーニュ地方モレサンドニ村でのワイン造りなど、話題に事欠きません。
贅沢にも勤務先のスタッフ向けにセミナーを行っていただきました。その内容をお伝えします。
先に、結論を半分言ってしまうと、九平次さんは酒の造り手ながら、とてもワインを意識していらっしゃる方です。(ワインから適度な距離を置いて俯瞰で見るために、日本酒業界にどっぷりつかりつつある私の行動に、潜在的に影響を与えている方でもあります。方向が逆なだけで。)
とても分かり易く、為になるお話でしたが、より整理する為に以下の3本柱に集約してお話を進めていきます。
ワイン式展開のわけ~日本酒を取り巻く環境
日本酒もワインも同じ醸造酒~そろそろ「セパージュ」で区別しよう
あの酒米を使う理由~栽培時期で分かる米の特性
補足:日本酒を取り巻く数字
ワイン式展開のわけ~日本酒を取り巻く環境
まずは九平次さん目線の日本酒を取り巻く状況について。これを理解することが、九平次さんの目指す方向性=日本酒の未来を理解する早道です。
曰く「酒づくりの基本は江戸末期からほとんど変わっていない」ということでした。数少ない変化があるとすれば、大きく3つ。
1衛生面が良くなったことに
2温度管理ができるようになったこと
3精米ができるようになったこと
この変化が少ない日本酒造りの中で、飲み方、奨め方、ソフト面も含めて停滞。そんな中で昭和50年代にピークを迎えた日本酒の流通(消費)量では現在はその1/3まで減少。国酒でありながら、ワインの流通金額に逆転されています。
であれば、当然新しい飲み手を再度開拓する必要があります。しかし、製造者側は「造りのテクニック」で味を説明しようとします。業界で言われる「スペック」ですね。
酵母の種類は?日本酒度・酸度は?しかし九平次さんは「居酒屋で隣の人が日本酒度何度だね、と言っているのは聞いたことがない!」と言っています。それは日本酒を造りたい人、マニア向けの知識です。
そして、スペックで説明するのは、結局日本酒業界はバラバラ、情報が複雑、煩雑になり、統一性を欠く、と。
いかに直接テーブルの上で使える情報提示するかが大切とした時に、目をつけられたのが「ワインの世界」でした。前述の様に、和酒を超えて普及した「圧倒的なワインの力」を今後の新しい飲み手の取り込みに活かせないか?というのが九平次さんの考え。「業界全体に共通の教育がなされている。」故に、街でワインの品種を答えられる人の方が、酒米の名前を答えられる人より多いはず、という現状からも、「ワイン方式」の説明、展開を考えていらっしゃるのです。
日本酒もワインも同じ醸造酒~そろそろ「セパージュ」で区別しよう
酒の中身の「決め手」となるものは何でしょう?酒造りの原料は(アルコール添加酒用のの醸造アルコールを除けば)米・水・麹・酵母の4つに集約できます。この冒頭の疑問に対して、多くの酒蔵では「酵母・麹・水」という答えも返ってくるでしょう。
しかしここで九平次さんが問い掛けるのは、中身を原価で考えるということ。もちろん4つの要素(原料)の中で一番お金がかかっているのは、お米です。ワイン生産者にとってはブドウで、その生育「畑のドラマ」に説明の時間を割きますが、「酵母のことはほとんど語らないでしょう?」
米の重要性を、とても分かりやすい例えで説明下さいました。造りをドライブに例えます。
杜氏を運転手、車のエンジンを酵母、米をガソリンに置き換えます。30日かかるドライブの行程で「素晴らしい目的地」(美味しいお酒)に向かって杜氏は運転を始めます。ここでガソリンが足りずに25日目でガス欠したとします。そうすると本来行きたかった(飲みたかった)お酒30日目には届かず、25日めで我慢するしかありません。どんなに良いエンジン=酵母を持ってしても、ガソリン=米が充分でないと、結局杜氏の目指すところには届きません。
(ちなみにガソリンの補給等分の添加は、純米吟醸酒などの特定名称酒では許されていません。また日本酒の発酵は①デンプンが麹によってブドウ糖に分解。②酵母がブドウ糖をアルコールと二酸化炭素に分解の2つが同時に行われる「並行複発酵」ですが、この例の場合は②のみを取り上げています。)

この様に米の重要性は看過出来ず(麹も米で仕込むもの)、日本酒もワインも同じ醸造酒
で基本工程は同じであるという視点、また日本酒をセパージュ(ワインでいう品種)つまり酒米別に分類・紹介する必要があると力説なさっていました。
ちなみに萬乗醸造のHPでの商品紹介は当然セパージュ別です。
萬乗醸造のHP: http://kuheiji.co.jp/
あの酒米を使う理由~栽培時期で分かる米の特性
続いて、前項で重要なのが分かったセパージュ=酒米について掘り下げます。
(前項までの内容は、九平次さんのフィロソフィーを調べたり、日本酒愛好家の方なら知っている人も少なくないかも知れません。しかし、私自身も前項は気づいていても、この先の説明はあまり意識もしていませんでした。)
実は酒米も、ルーツや栽培時期によって特徴が大きく違うというのです。
例えが上手な九平次さん、今度はみかんに例えます。出来る時期によって早生と晩生にわけられます。「収穫期の早い早生のみかんは、どことなく青く、硬く、甘みが足りない印象が否めません。しかしながら、晩生の米に関しては、みかん甘み、みずみずしさ、甘さが増すでしょう?」という事でした。実はコメも同じことが言えるそうです。コメの糖化(前項「並行複発酵」の①デンプンが麹によってブドウ糖に分解)ではカビ菌である麹が好む水分が多く含まれているのは晩生だそうです。
そして酒米で早生の代表格が「五百万石」、晩生は「山田錦」。

ところで現在のコメ作り産地のイメージははどこでしょうか?現在は東北、新潟と答える人が多いでしょうし、北海道へとどんどん産地が北進しています。
しかし米作りは、元来主に西日本でされていました(特に戦前までは)。このコメは田植え6月収穫11月。戦後食料不足が解消しきれず、昭和30年度に、東・北日本の寒さに対応して品種改良で田植え4月収穫8月末の「早稲」タイプ、つまり、こしひかりや五百万石が生まれて来たのです。
晩生タイプの山田錦だとそれだけ長い時間栽培できる、というメリットを活かすことができるそうです。さらに晩生タイプの方が熟成に向くという特色もあります。
しかも、戦前からある「オリジナル」タイプの酒米は雄町と山田錦のみ。他は五百万石はじめ、戦後に交配で出来たもの。そうすると交配の、親、祖父の代と遡ると10種以上あることが普通で、長い年月でその親、祖父の個性が色濃く出てくるようになる、というのです。これを「先祖帰り」と呼ばれていました。
萬乗醸造のみならず、兵庫の山田錦を買って酒に仕込む東北、関東の蔵もまだまだ多いのが事実。山田錦の優位性を、根拠を交えて教えてくださり、目からウロコの解説、造り手の方ならではの「体感」だと、しっくりきました。
補足:日本酒を取り巻く数字・資料編
九平次さんがセミナーで日本酒市場の縮小、ワインの拡大を言われていたので、独自に調べたデータです。
日本酒(清酒)の国内流通金額 約8,000億円
フランス一国のワイン輸出額 約8,500億円(2010年)
容器入りワイン 国内輸入金額 1155億円(2014年)
清酒輸出額 約180億円(2015年分・国税庁2014年発表)
日本酒(清酒)の国内流通量 約55万3千キロリットル(2015年)
ワインの国内流通量 約37万キロリットル(2015年)
ざっくり言うとワイン・日本酒の業界(量・金額)は確かに拮抗してきていることが分かります。
しかし何よりこのデータ!!
酒類全体流通量(ビール・リキュールなど含む全て) 3兆6千億円(2014年)
2014酒類 販売消費数量構成
清酒(日本酒) 6.7%
果実酒(ワイン等) 4.3%
ビール 31.2%
発泡酒 9.2%
リキュール 23.8%
ビールは仕方ないとしても、リキュールが多すぎではないでしょうか?ここに今後のヒントが隠れていると見ました。
ブラインドテイスティング
全く同じスペック、2016年(28BY)で兵庫県産の山田錦を使った50%精米のものを3本。この3つで造り手ごとの味わいの違いを見ながらも、あくまで山田錦というセパージュというものがどういうものかを連想していくテイスティングです。下記コメントも銘柄を見ないで判断した時点のものです。
① 貴(山口):
色は黄緑が端にかかった透明。華やかさとモチモチとしたタッチが混ざり合った香り。若干ハーブやバインのようなニュアンスも感じられます。
味わいはややたっぷりとした口当たり。辛味と青みがさし、アルコール感が少し混じります。ししとうの焼物や塩の焼き鳥、洋食であればバーニャカウダなどが合うでしょうか。

②醸し人九平次:色合いは青緑がかった透明。すっきりとした伸びの良い香りと華やかさがあります。端に若干甘みとローズマリーのような風味もあります。
味わいはふわりとして非常に細やか。クリーンでハーブのようなタッチもあります。3つお中で最も繊細。繊細な味わいの食事にも邪魔をしないので、洋食だとコンソメジュレを使った鶏肉やサラダ、和食だとおせち料理全般にも良さそうです。
③洌(山形):少しオレンジ色がかった黄色みがさす。やさしい甘みとコク、とろみを感じられる香りにアルコールのタッチも。
味わいは若干荒さと力強さの中に、横に広がるふくよかさに若干雑味も混じります。元来飲んでいた懐かしい、昔ながらの日本酒の風味があります。おでんや芋煮、味噌醤油のしっかりとした煮込み料理などが良さそうです。自分なら冷や(常温)又はぬる燗でいただきます。
3つに共通しているのは、透明感、若干の華やかさがありながらも、舌触りの丸さ、なめらかさと艶やかさを感じる。アルコール感も適度に出る。ふくよかさと穏やかさが同居した味わい、といったところでしょうか。
まとめ
九平次さんは、ワインと同じように、お酒をセパージュ=酒米別に、お店の棚に並べようと、そして複雑な蔵のテクニックでなく、単純明快な説明と「田んぼのドラマ」で語ろうと、強いメッセージを送っておられます。
ワインと日本酒両方の消費の伸び悩みが危惧される中、2つの間の壁を極力なくしたい私にとっては、とても参考になりまた共感できる部分も多かったです。
確かに、伝統的な蔵の多くでは異論を持つ方も多いでしょう。それは尊重すべきではありますが、同時に「単純明快な説明」は業界あげての急務であることは、否定出来ないはずです。